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我が故郷

倉敷 我が故郷 (ある種 倉敷びいき)


私の生まれ故郷は倉敷である。他郷に住んで早40数余年が経つ。その間幾度となく、「倉敷が故郷」と言えば、10人中8,9人の方は異口同音に「良いところですね。」 まだ一度も言ったことがないと言う人でさえも同じことを言ってくれる。そのやり取りの中、私の抱いている倉敷感との絡みの中で束の間、懐疑的な思いや自尊心がくすぐられ、親しみ、嬉しさ、懐かしさ、気恥ずかしさなど複雑な思いに浸ることがある。

生まれてから18年間しかいなかった町、他郷暮らしが倍以上長くなっても、やはり倉敷に憧れる。

かと言って倉敷に住もうとは思わない。一歩距離を置いて眺める町、私にとってそのような街である。

同じような街に京都がある。勤務の都合で、京都に20年ほど通い詰めたことがある。その間、 7年ほどは居を構え、日々の生活をした町である。京都を印象付ける史跡旧跡、四季折々の風情、祇園を代表とする花街での夜など、京都らしさは一通り堪能したつもりである。今でも懇意にしている西陣の料理屋「大芳」には、年に一二度は訪れる。

私の敬愛する作家の司馬遼太郎氏の言葉を借りると、「いつでも行けば会ってくれる知人は、飲み屋のおかみしかないものだ。その美味で人恋しさをこの店で紛らわせる。『ほんまどすかいな』と、彼女に肩をどやされそうだが」(司馬遼太郎が考えたこと3より)

同じく司馬氏の著作のなかで、倉敷を描いたものが数冊ある。紹介したいが、前述の「良いところですね」と言っていただいた人々以上に、気恥ずかしさ、懐疑的な思いを感じる.
しかし、司馬氏が倉敷を訪れ、これらの文章を書かれた時は、今から50年前で、私の中学1年のころの倉敷であり、現在の観光地化されてしまった倉敷ではない。

「倉敷・生きている民芸」から抜粋してみる。
町の古めかしさを誇り、屋敷の柱のアメ色にまでなった年代のつやをひそかに楽しみ、軒灯も明治風のガス灯を断固として蛍光灯に付け替えず、そういった頑固人が何人も町を歩いている。・・・台風が過ぎた夜は倉敷では星がきれいなのです。・・・・私は実のところ、この町に偏見をもっていた。民芸の町ということについてである。・・・民芸という言葉は汚れている。・・・いかがです、これこそ文化なのです。としゃにむに説得されているような、なんというか被害意識というものが多少あった。・・・翌朝、宿を出た。柳と白壁のまるで芝居の書割のような、そこを歩くのが面映ゆいほどに美しい街を、私は歩かねばならなかった。自然私は急ぎ足になった。平素ガサツな街に住んでいるいわば泥水暮らしの人間が、これほど見事な秩序の一角に立たされると、どう歩いていいのか、足が絡むような照れくささを覚えるのである。昔、この前神川の近くに倉敷代官所があった。この付近から四国の讃岐にかけての天領を支配していた代官の所在地で、大名領式でいえば倉敷は20万石以上の城下町に匹敵するのではないか。・・・倉敷人の性格は何か、とこの土地で聞くと、三人に一人は≪天領根性≫と誇らかに答えてくれる。『わしらは天領の町じゃけんな』という一格高い意識がいまだに倉敷人の中にある。天領は100年前には亡びたが、しかし町の誇りは失せてない。・・それほど、自負心の強い街である。その自負心の根拠は、いまでもこの町の美しさにかかっておる。・・・人口12,3万のこんな小さな町に、天文台、考古館、歴史館、民芸館があり、この町を有名にしている大原美術館には、本館の西洋美術館のほかに、新館には日本人の作品を並べ、ほかに陶芸館、版画館がある。・・・何棟かあるすべてが、黒い瓦に白い壁、それに張り瓦でもって実用的装飾をほどこした古い倉敷風の米蔵だからである。その異様な美しさはわれわれ日本人にさえ十分に異国的であったし、同時に目の覚めるほど斬新でもあった。『えらいものですな』と言って私はだまった。民芸とはエグイもの。アクの強いもの、という先入主をこの構内に立っている限り捨てざるを得なかった。美術館を出て、横の喫茶店に入った。飲み物を注文してから、ふとこの喫茶店の屋号が『エル・グレコ』ということに気付いた。それを知って、なんとなく、倉敷中がすべて美の探究者であり、行者でさえあるような気がしてきた。・・・とまれ、倉敷という町は、日本の他の町とはひどく違っている。平素思いもよらぬ意識を色々と呼び覚ましてくれるようである(古往今来より)

 繰り返し断っておくが、昭和39年ごろに司馬氏が倉敷を初めて訪れられた時の印象である。倉敷びいきの私にとっても、何とも気恥ずかしい思いをする文章である。と同時に、今の猥雑で雑多な観光地化されすぎた倉敷を見られたなら、司馬氏は又違った印象を持たれそうな気がする。《美しさには秩序が必要である。》同じく司馬氏が語っている。

我が故郷、倉敷はやはり一歩おいて眺める町でしかないと思う。世の中夏休みになり、帰省とは縁遠い生活を送っている私にとって、ふと我が故郷を思った次第である。


《故郷忘じがたく候》

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