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大地震・津波・原発

東北関東大震災で被災された方々へ、心よりお見舞い申し上げます。

3月11日14時46分、東北関東地方を襲った大地震と、それに伴う
大津波によって多くの方が被災され、多くの人命を失い、多くの財産
をなくしたことに言葉も無く、胸が潰れる思いがした。

16年前の阪神淡路大地震の惨状を目の当たりにした者にとって、悪夢
のような記憶がよみがえる。奇しくも阪神淡路の地震発生時も5時46分
で、46分の数字が妙にひっかかる。
しかし、今回の被災状況は阪神をはるかに凌ぐ規模であり、それだけ
に、悲惨さがつのる。何といっても津波の恐怖であり、それに追い討
ちを掛けるかのような放射能の恐怖である。テレビの画像によってで
あっても、津波の脅威を充分感じることが出来る。恐ろしい。

12日の23時過ぎ、突然電話が鳴った。夜間の電話に碌な電話が無いの
で、恐る恐る受話器をあげた。
「生きてるでエ」と元気な声。「オー、鈴木。元気やったか」
南相馬市の原町に住んでいる鈴木からの電話。聞けば、彼の自宅と
工場とも、屋内は滅茶苦茶になっているが、家は潰れずに残ったとい
う。海岸から7km離れた所にある家も、津波が3kmまで迫ってき
たが、助かったという。所用で八戸に出かけた奥さんの無事も確かめ
られた。東京と宇都宮に居る二人の子供も其々無事という。何はとも
あれ、「助かった。無事であった。」と連絡してきた。本当に良かっ
た。

発生からずっと気には為っていた。携帯も繋がらず、不安は募った。
そのことを言うと、「すまん、携帯は昨年買い換えた。」と・・。

余りにも元気が良過ぎるので、逆に少し不安になる。
彼もそこに気がついたのか、福島第Ⅰ原発から23kmしか離れてない
とのこと。「今後の展開で、どうなるか判らん。」と本音が覗く。

「無理するなよ。体を大切にせな。」それだけ言うのが精一杯の会話。

 彼のほかにもまだ、被災地で気に為る友人が二人居る。
 日立市に住んでいる。同じ高校の同級生同士で結婚したA夫妻。
年賀状のやり取りが続いている。一昨年の賀状には、マンションから
見る眺望が素晴らしいということで、海岸近くに引越ししたと、記さ
れていて、その賀状には、{マンションのベランダからの朝日}の写
真が映し出されていたのを思い出す。

 消息を確かめる術が見つからなく、思い余って友人のKさんに始めて
電話をさせていただいた。Kさんも同じ同級生のYさんから聞いた話と
して、「地震発生直後、奥さんのAさんは無事だったが、ご主人の消息
が掴めてない。」と一報があったという。また、マンションは立ち入り
禁止になっているとのこと。その後ずっと連絡が無いのだそうである。

 その日、Kさんはずっと連絡を取ってくれていたようで、夕刻Aさん
と、やっとメールが繋がったとの事。
「ご両人ともお元気」との連絡を頂き、先ずは一安心した次第である。
しかし、避難所暮らしが続くのかと思うと、心が痛む。

 ともあれ、突然惨禍に見舞われた方々に対して、何か援助が出来ない
かと誰しも思う。
「頑張れ」と言うのは余りにも安易だと思うが、それも必要ではないか
とも思う。

 人は悲しみに遭えば、誰しも自分を見失いがちになる。
 心が折れそうになる。周りを気にする事も出来ない。
 ゆとりなどとても持てない。

 そのような時、支えてくれるのは、周囲の人の温かい思いやりである。
「貴方一人ではない。」「貴方を見守ってる。」「貴方を思ってる。」
と伝えることが必要であり大切なことだと思う。
 その人達への「気遣い。心遣い。」が大切だと思う。


の大切さを改めて認識している。

これからも、「その人達とのがある」ことを、発信していきたいと思う。

そして、出来る事を、出来る時に、出来る限り行っていきたいと思う。

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【名前】
おっちゃんヘルパー
【年齢】
65歳
【一言】
≪絆≫を大事に。
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