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あァ筋肉痛!

筋肉痛

 筋肉痛の発生が遅くなるほど年取った証拠。と古来言われている。
 真偽のほどは定かではないが、遅発性筋肉痛という立派な名称まで
あるくらい有名な?話。私自身の経験からでも、筋肉痛を感じるのは
若い時に比べ、格段に遅くなった気がする。要は運動不足が最大の原
因らしい。
 
 サラリーマン時代から、運動・スポーツの類とは縁遠い生活を送っ
てきた。ラッシュにもまれる通勤が何より苦手な私は、1時間でも早
起きして座っていける始発電車を選んだ。帰宅は、時間調整という名
目をつけ、友人たちと居酒屋によって、その日の憂さを晴らし、終電
まじかの空いている電車に乗った。生来、横着で怠惰な生活を送って
きたように思う。

 余談だが、毎夕の居酒屋通いの生活に対して、家内も半分諦めてい
たとは思うが、私の健康を気遣っての言葉が、折々に発せられていた。
 その都度、「男は外に出たら7人の敵がいる。油断も隙も見せられ
ない。緊張して一日を送っている。シャットダウンして帰らねば身が
持たない。家族にも迷惑を掛ける。」というような事を縷々述べなが
ら、居酒屋通いを繰り返していた。
 
 ある日、家内曰く「お父さんは7人の敵もいるようだけど、8人の味
方もいてる。その8人と毎夕打ち合わせと称して飲んで帰るんやな。」
これには、返す言葉もなく、只々笑ってごまかすしか無かった。

 怠惰で、運動不足の生活の所為で、少しでも体を動かすと、きまっ
て体の節々が悲鳴を上げていた。

 介護事業に転職して、利用者のケアでプールに行ったり、車いすを
押すことで、週4~6時間徒歩運動を行っている。
 少しは運動不足が解消されたと、内心ほくそ笑んでいた。

 しかし、ある出来事によって、筋肉痛を味わい、それにより私自身の
運動不足、体力のなさがはっきりと露呈され、愕然とする思いに見舞わ
れた。

 その出来事とは、大相撲春場所でのことである。何も、私が関取に交
じって相撲を取ったというのではない。もしそういうことなら、筋肉痛
になるどころか、病院に担ぎ込まれたことだろう。
 大相撲春場所は大阪場所で、大阪難波の府立体育館で15日間本場
所が行われた。大学からの友人U君から、中日と13日目の2枚の升
席(4人席)の切符を頂いた。
 サラリーマン時代は営業先の関係から、場所後の後援会等に出かけ
た経験もあり、相撲は馴染みのある好きな競技の一つであった。
 しかし、本場所の相撲観戦は初めてのことで、かなり緊張もし舞い上
がっていた。

 中日はU君と私と家内と娘で観戦した。U君以外、皆初めての体験
で、相撲など興味のない生活を送ってきた娘も、十両から幕内に取
り組みが進むうち、次第に熱中するようになった。館内も熱を帯びた
ように盛り上がってきた。最高潮は豪栄道vs稀勢の里戦、地元豪栄道
が寄り切りで勝つと、割れんばかりの喝采の嵐。その余波か、続く日
馬富士は豊ノ島にあっけなく負けた。座布団が飛び交い、座布団の一
つは家内と娘の横をよぎり、前の席に飛び込んだ。横綱が負けた時の
座布団の洗礼も経験できた。白鵬は盤石の横綱相撲。
 
 13日目も同様、白鵬vs豪栄道戦は白鵬の強さが際立った一番で優勝
決定し、日馬富士はまた鶴竜に負け、座布団の嵐に見舞われた。相撲
の醍醐味を味わった本場所観戦であった。

 問題の筋肉痛は何時発症したのか定かでないが、尾骶骨から両脚の
付け根、横腹が痛くなった。明らかに筋肉痛の症状が出た。
 スポーツをしたとか激しい運動をしたとか一切なく、思い当たるの
は、相撲観戦で知らず知らず全身に力が入った結果、筋肉痛になった
のではないかと思う。
 力士の立会に合わせ、技の掛け合いに合わせ思わず力が入っていた
のだ。そんなことで、筋肉痛になるとは何と情けない体になったのだ
ろうと愕然としている。

 しかし、別の見方、ポジティブに考えるなら、相撲というものの魅
力を堪能できた結果ということもあながち穿った見方ではないと思う。

 それほど相撲は素晴らしい競技である。
 筋肉痛を楽しみながらU君「来年もよろしく頼む」と祈る。
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プロフィール

【名前】
おっちゃんヘルパー
【年齢】
65歳
【一言】
≪絆≫を大事に。
ヘルパーステーション
ケアプランセンター
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