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恩師その2

恩師その2

 前回恩師の一人、中学時代のO先生を書いた。
 もう一人、大学時代の恩師である森先生との経緯を書きたいと思う。
先生は、鬼籍に入られて37年近くなられる。敢えて故人を偲び実名を
記す。先生は、サラリーマン時代は満州鉄道に、戦後は三井鉱山に奉
職され、その後大学の講師をされていた。私達は先生から、測量学や
ら土木の基礎を色々教えていただいた。当時建設中の関門海峡大橋な
ど、現地実習にも熱心に連れて行ってもらった。

 先生は瞬間湯沸かし器の如く、直情型で激情型でもあった。直ぐに
怒り出す。反面情に弱く涙脆い人であった。私の所属した応援団の顧
問でもあった。
 
 2年生になったある日、私生活面で少し乱れていた。夜はスナックで
バイトを始めた。応援団の練習は厳しい。どうしても、練習が始まる
夕方から夜にかけての生活になる。朝、学校に行くのが億劫になる。

そんな私に先生はすぐさま気付き、ある日先生の部屋に呼ばれた。
素直に聞けばよいものを、私もムキになって口答えしてしまった。
案の定、烈火のごとく怒りだす。私も顧問という立場につい甘えていた
のか、負けずに言い返した。もう止まらない。火に油を注いだ。
 隣室に居たS先生。何事かと慌てて飛び込んでこられる。S先生が来
られたのを機に、逃げるように部屋から出て行った。

 練習が終わり、アパートに帰りバイトに行く準備をしていると、突
然森先生が来られた。「付き合え」と一言。駅前の大衆食堂に行く。
黙って酒を飲み始めた先生。時折、何も言わず、私の猪口に注いでく
れた。「朝はすみません」自然に口に出た。「授業に出られんような
バイトは止めとけ」「はい」素直に言えた。

私達の大学は、3年生からの専門課程は、東京の校舎で授業が始まる
システムであった。進級が決まったある日、応援団や、空手部の友人
達4人で先生のお宅を訪問した。喜色満面の笑顔で迎えて下さった先生
大いに歓迎された。持参の日本酒はあっという間に無くなり、先生秘
蔵のウィスキー・ブランディを飲み干してしまった。
 
4人とも進級には黄ランプが灯っていたそうだが、期末の試験を頑張っ
た結果進級できたと、本当に喜んで下さった。
 特に4人とも、先生の測量学・測量実習の点は大いに評価している。
と嬉しそうに言って下さった。

私も、先生が訪ねて来てくれなかったら、こうして先生と酒を酌み交
わす事が出来たかどうか甚だ疑わしい。改めて、謝り感謝していると
素直に伝えることが出来た。

私達が東京に行って間もなく、先生は体調思わしくなく、入院加療さ
れていたが、卒業間もなく、鬼籍に入られた。

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森先生との出会いによって、その後の私に、1本柱が出来たように思う。
恩師に恵まれて幸せである。

私の人生、本当に多くの人との出会いがあった。
多くの方から、本当に多くの御厚情を頂いている。恵まれた人生を歩
んでいると思って感謝 している。

文中の花は、庭の片隅に咲いた「エーデルワイス」に似た花です。
花名は不明。日中は花弁を開き、夜は閉じます。余りにも可憐なの
で思わず写しました。森先生には不釣り合いな花の気がしますが、
捧げたいと思います。
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Appendix

プロフィール

【名前】
おっちゃんヘルパー
【年齢】
65歳
【一言】
≪絆≫を大事に。
ヘルパーステーション
ケアプランセンター
お結び
お気軽にお問い合わせください。

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