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懐かしの味、美味しい味

 約1か月前の秋の夕暮れ、利用者のKさんの車椅子介護の途中、浜寺
中学校横の四ツ池を通ることがあった。
 池は完全に水を抜かれ、干された状況を呈していた。

 以前は、全国的に行われていた、秋から初冬にかけての風物詩の溜
め池の「池干し」を久しぶりに見た。
 
 水を抜いた後の溜池は、何処と無く物悲しく、折からの木枯らしと
相まって、暫く寒々しい思いに浸った。

 私にとって、溜池の池干しに纏わる思い出も、少しセンチメンタル
なものである。

 私が小学校4,5年生頃のこと、まだ我が家は両親が健在で、兄・
姉それに祖母も居て6人家族の暮らしであった。
 仕事で泊まりの多い留守がちな父、表面上は嫁姑の諍いなど何も無
いかのような祖母と母、やんちゃな兄と小生意気な私、真面目な姉と
極普通の小市民の暮らしを送っていた。

 兄が仕事先の妹尾(児島湾干拓地内)から、沢山の鮒を、それも生き
たまま持って帰ったことがある。
聞けば、仕事先は児島湾の干拓地の中にあり、周囲には多くの池が
あり、鮒・鯉などを養殖している。
初冬には池干しをして、鮒・鯉を捕まえる。

今日もある池の池干しに使うモーターが故障して、修理にいった時、
修理が終わって、分けてもらって来たとのことであった。

 早速盥に移した。盥一杯の鮒、跳ね回る鮒に驚き喜んだ。
 
 祖母や母が「鮒飯やな」と即刻決めた。
 「暫く泥を吐かさんといけんから、あんた盥の水をよう代えんさ
いね」と盥の水代えを命じられた。
 嬉々として水を代え、鮒の世話をした。

 4,5日後、盥の水代えも少し飽きてきた頃、「もうええじゃろう」
と母が「鮒飯」の準備を始めた。近所からミンチにする機械を借りて
きて、祖母と母と二人で仲良く鮒の鱗をとり頭や腸を処理し、私は生
臭い臭いに閉口しながらミンチにしていった。

 母がミンチを油で炒め牛蒡や人参、大根、こんにゃくを入れて、甘
辛い汁を作った。
 家族揃った(父が夕食に間に合うように帰った事は珍しかった)夕食
に「鮒飯」が出てきた。
 熱々のご飯に、熱々の「鮒飯」を掛けて食べた。
 
 生臭い臭いもしなくて、美味しかった。兄も姉も腹一杯食べた。
何杯もお代わりした。家族中が美味しい顔をしていた。

 家族の団欒があった。

 家族揃っての夕食の思い出として鮒飯の他には、年に数回しか無か
った「すき焼き」も懐かしい。
 部屋中に新聞紙を引き、真ん中に「七輪」を置いて、父がおもむろ
に作り始める。「もうええじゃろう」の掛け声が待ち遠しく、腹一杯
食べた。母の「ご飯が無いわ」の声も弾んでいた。

 家族揃った食事、団欒は長く続かなかった。
 その後2、3年の間に母も祖母も他界し、姉も進学のために大阪へ
行き、兄も仕事の関係で出て行き、父との二人暮しが始まった。

その後「鮒飯」は食べたことが無い。別に食べたいとも思わなかった。

しかし今日池干しを眺めたとき突然無性に「鮒飯」が食べたくなった。

「鮒飯」に纏わる思い出も、懐かしく思い出されてきた。
  
 と同時に、あの頃の我が家には、家族の温もり暖かみがあった。
 
 家族の団欒の中での食事は、何よりの御馳走であり美味しい物と今
更ながら思った。

 子供たちや、孫達には団欒の中での食事を心がけねばならないと改
めて思った。


Appendix

プロフィール

【名前】
おっちゃんヘルパー
【年齢】
65歳
【一言】
≪絆≫を大事に。
ヘルパーステーション
ケアプランセンター
お結び
お気軽にお問い合わせください。

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