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夢から・・・

 夢から・・・
スペースシャトルが無事帰って来た。日本人女性宇宙飛行士山崎直子
さんを乗せて・・・。
 いつもは余り関心をもって見なかったが、今回は彼女たちが乗って
いる国際宇宙ステーションを肉眼で見ることが出来た所為か、山崎さ
んのパフォーマンスの所為か、興味をもって見る事が出来た。

 国際宇宙ステーションが飛行しているのが見えたのは、10日の早朝
4時14分ごろ西北の空に現れ、西の方角に飛んで行った。
 かなりのスピードで、明るくはっきりと見る事ができた。

国際宇宙ステーションにはその時二人の日本人が乗っていた。
彼女たちは、宇宙飛行士になる為、夢を抱き夢を実現させるために、
飽くなき努力をされたと思う。素晴らしいことだと思う。

月並みな言い方になるが、夢を叶えるためになされた努力に敬意を
表したい。

 夢を思うことと、また4月25日が近付いたことで、悲しい出来事が
連想される。

 私が以前勤めていた会社の1年先輩の娘さんがJR福知山線の惨禍に
遭われたことである。

 奥様から「娘さんの携帯に繋がらない。ひょっとして、事故に遭
ったのかもしれない。」との連絡を受け、先輩は様子を見に尼崎に
出向いた。
 先輩はそれからずっと尼崎体育館に詰められ、娘さんのご無事を
祈りながら、事故救出の様子に心を留めておられた。
 
 先輩が遭遇された事故の知らせが会社に入った。同僚が先ず先輩
を訪ね詳細を伺った。

 奥様から「先頭車両に乗っていた。それを見送って自宅に帰った。
確かにあの電車に乗っていた。」と事故に遭遇したことが確実にな
ってきた。

 その後、我々に連絡が入った。

2日目の夜になり、先輩の疲労も重なり、奥様も憔悴された様子が
窺えたので、仮眠をとっていただこうと、有志数人が体育館に出向
いた。有志数人がJRと対応する間、奥様は一時自宅に帰られた。

 私も先輩を励ますため一夜を共に過ごそうと思った。
最悪の事が予想される中で、一縷の望みを掛け、最愛の子供を思う
気持ちに、私は掛ける言葉も見つからないまま、心が揺るがされ
続けた。

 娘さんは、最後の最後に搬出された3名の中の一人であった。
妹さんが、お姉さんの服を覚えていたことが決め手となって、身元が
判明できた。
 
 死亡という最悪のケースである。
先輩御一家とは、同じ社宅で一時代を過ごした。なかなか子宝に恵ま
れず、待ちに待った子供であった。

 声楽家として、将来を嘱望されていた娘であった。
 娘さんも多くの夢を持ち、親としても娘さんの夢を通して多くの
夢を持っていた事であろう。

 切なく、やりきれない思いで一杯である。

余談であるが、先輩と共に過ごした、尼崎体育館の夜の出来事は終生
忘れることはない。

 深夜、先輩を囲んで有志4人がロビーのソファーで取りとめのないこ
とを話していた。

 突然「ギャー」と号泣が聞こえた「ガン!」ロッカーを蹴上げる音
が聞こえる。「どうして!」「馬鹿野郎!」怒声と罵声の叫びが体育
館中を駆け巡る。
 搬出された遺体の身元確認が行われた時の状況である。

 また、この声、今も耳に残っている。
「JR!!!うちの子、天王寺に行きたかったんや!。誰が天国に連れ
て行ってくれて頼んだ!」凍りつくような叫びが聞こえた。

 先輩始め多くの被害に遭われた方々が、一刻も早く癒され、平安に
過ごされますよう心からお祈り申し上げます。

 夢の事について書き始めたが、先輩の娘さんに思いがいってしまった。
いつかまた、夢について書ける時もあろうかと思う。
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プロフィール

【名前】
おっちゃんヘルパー
【年齢】
65歳
【一言】
≪絆≫を大事に。
ヘルパーステーション
ケアプランセンター
お結び
お気軽にお問い合わせください。

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