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私の龍馬

「まっこて大した男じゃきに!」
「凄い」という形容詞がぴたりと当てはまるほどの「坂本龍馬ブーム」
である。NHKの大河ドラマの影響、「かくやありなん」と思わせる。
唯、永田町にも偽龍馬が出るに至っては、論外のことと言わねばなら
ぬが。兎にも角にも、福山雅治演じる龍馬がカッコ良過ぎるのか、
もともとの龍馬が真実カッコ良かったのか・・・・。私は後者を選ぶ。
真実坂本龍馬はある意味カッコ良かったと思う。

 私の中に「坂本龍馬」が入ってきたのは中学3年生の春である、
友人7人と剣山に登っての帰り道、高知に遊び、あの太平洋を眺める
銅像を桂浜で見た時から始まる。
知識もなく、当然どうという感慨も湧かなかったように思う。
 坂本龍馬なる人が居た位の印象であった。

 その後は、専ら司馬遼太郎氏の著作に表れる龍馬が、私の中の
龍馬となって蓄積されてきた。
 ただ、私の場合運が良かったというべきか、平成10年から
12年にかけて、四国に単身赴任生活を送った事である。
仕事にかこつけて、大いに四国を巡り歩く機会が与えられた。
土佐の高知にも幾度となく行き、どっぷりと土佐を楽しむことが
出来たことである。

朝靄の大気の中に、夕陽の沈む一時の中に、また深夜のそぞろ
歩きの中に、龍馬をはじめとした維新の志士達と、時こそ違え、
同じ空気を吸い、同じ生活臭を嗅いだように思う。

私が土佐という町に首まで漬かったと錯覚に似た感情を味わえ
たのも、それには、土佐の友人が居てくれた事、私の土佐行き
には常に寄り添ってくれた事である。
 
友人達は土佐に多い名前の持ち主である。
土佐勤皇党の中にも脱藩浪士の中にも友人たちの岡村、溝渕
の名前は見つけることが出来る。
彼らを通して、司馬氏描くところの志士の似姿を想像すること
を容易にさせてくれる。
一応に皆明るく陽気でエネルギッシュである。酒量も生半可
ではなく強い。放歌高吟お手の物である。
 
「いごっそう」という言葉が土佐の男を表す言葉であるが、
  彼らは皆「いごっそう」である。

話を龍馬に戻す。龍馬とはいったい何をしたのか。
龍馬が為したこと。
①日本の株式会社の創始者②海軍の祖③商事会社の祖。
が一般的な龍馬の仕事と言われる。
また、薩長土連盟を締結させたことも有名である。

忘れてならない龍馬の為したことに、龍馬の創案した
「船中八策」がある。大政奉還後に「五箇条の御誓文」
となって、その後の日本を形作るうえで重要な役割を
担った。言い換えるなら、倒幕後の日本国家とはこう
あるべきだと、其の政治体系を明らかにし、大政奉還
を成し遂げ、一挙に統一国家を実現させたことである。

エピソード1
薩長土連合の締結時に、西郷や桂が大政奉還後の政府の
要職のリストを出した時、龍馬は土佐藩から後藤象二郎
の名前しか書かなかったそうである。
「龍馬の名前が抜けている」と西郷が忠告すると、
「役人になるために幕府を倒したのではない。ワイは
世界の海援隊をつくる」と言い、常に世界に目を向けて
いた龍馬である。
 まっこて、龍馬は大した男じゃきに!

余談
 かつて土佐では、動物には人間以上の精気があると
思われていた。そこで、新生児に動物の名前を付ける
ことが多かった。
 龍馬、吉村虎太郎、後藤象二郎、よさこい節のヒロ
インお馬など。

Appendix

プロフィール

【名前】
おっちゃんヘルパー
【年齢】
65歳
【一言】
≪絆≫を大事に。
ヘルパーステーション
ケアプランセンター
お結び
お気軽にお問い合わせください。

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