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友人M谷君の訃報!

友人M谷君の訃報が届く!
先週木曜日、倉敷在住の友人M下君から電話。
「ええ話じゃないけど、M谷が死んだんじゃ。葬儀は明日。
他には言ゆてねえけど、お前には一応連絡しとかァ。」

昨年の友人T房君に続き、二人目の早すぎる訃報。
T房君のことは、又別紙に記すことにし、今回はM谷君の思い出を綴る。

M谷君とは小学校から高校まで同じ、同級にも何度かなった。
小学校時代は、長嶋・王の影響で良く野球をして、日の暮れるまで遊ん
だ。野球といっても、ソフトボールの二塁もキャッチャーも居ない三角
野球。運動センス抜群のM谷君、常に三塁手。華麗な守備を見せる。

中学校からM谷君、柔道一直線。生涯、柔道から離れなかった。

高校2年生の時、ライバル校の天城高と対抗戦。柔道部員が足りず、
出場が危ぶまれていた時、M谷君やF田君が熱心に誘ってくれ、
にわか柔道部員で対抗戦に出場した。
先鋒(一番手)はM谷君、さすが一本勝。次峰(二番手)が私。
当時から身長170cm、体重70kgの私、相手は小柄。体力
勝負で寝技に持ち込めば抑え込める。と意気揚々、開始。
しかし、あっという間に畳に転がされていた。巴投げという大技で・・。
私の負けが響いたのか、対抗戦の結果は負け。意気消沈の私に、
M谷君「まぁそう気を落とすな。お前エのお陰で試合が出来たんじ
ゃけ。逆に有難う。しかし巴投げたぁ、わしも初めて見たがぁ」と笑顔。
どんなに慰められたことか、今もって嬉しい、良き思い出である。

社会人になり、M谷君は岡山に本社のあるO本組に就職。
同じ建設業に進んだ関係から、業界関係の集まりでは、良く消息を聞く
機会があり、活躍している様子に、同級生であることが誇らしく励まされ
る思いがした。

私が四国高松に単身赴任していた時、M谷君も偶然高松支店に単身
赴任してきた。高チョン族(高松チョンガー族)として、旧交を温め、時に
痛飲をしたものである。M谷君、ご家族のこと、特に三人のご子息のこと
になると酒量が増えたように思う。
何か鬱屈したものがあったのかと気にかかっていた。

そのご子息達が喪主となられ、今回葬儀となった。
以下、その時の会葬御礼の挨拶状(抜粋)を掲載する。ご子息のM谷
君に対する思いが垣間見られ、涙誘う挨拶状である。

「お父さんの背中を追いかけていきます
どうかいつまでも見守っていてください」

「柔道着を出してくれ」
半身が不自由になってしまた身体で母にそう言った父
の目は真剣そのものでした  それまでの父にとって
柔道は正に人生「柔道は宝物」と口癖のように言って
いた父の声が聞こえてくるようです (略 )大勢の友
人方と心を通わせ全力で家族を守り抜いた父  静か
に目を綴じた父は ただ眠っているかのように 本当に
穏やかな表情を浮かべております  私達家族には
それがせめてもの救いでした  父はきっと皆様との
幸せな思い出を胸に浮かべつつ旅路についたのだと
思います   (略)


守谷弘君、君の人生 素晴らしいご家族に恵まれ、
 素晴らしい人生であったと今更ながら思う。
 心から冥福を祈る。!!




Appendix

プロフィール

【名前】
おっちゃんヘルパー
【年齢】
65歳
【一言】
≪絆≫を大事に。
ヘルパーステーション
ケアプランセンター
お結び
お気軽にお問い合わせください。

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